「10,000mAhで980円、送料無料。」——こんな広告を見てカートに入れたことがある人は少なくないはずだ。だが、その小さな箱には寝室を燃やすほどのエネルギーが詰まっている。この記事では、製品事故を調査する公的機関NITE(製品評価技術基盤機構)の最新データと、電気用品安全法の制度設計から、「PSEマークのないモバイルバッテリーをなぜ買ってはいけないのか」をデータで説明する。最後には、購入前に30秒でできる独自の7項目チェックリストも用意した。

まず、結論。
日本では2019年2月1日から、モバイルバッテリーはPSEマークの表示が義務の「電気用品」だ。つまりPSEマークのないモバイルバッテリーの販売は違法であり、それを売る業者は「検査を受けていない」ことを自分から告白している。買う必要はない。持っているなら充電して使うべきではない。

980円のバッテリーが、寝ている間に部屋を燃やす

モバイルバッテリーの中身は、リチウムイオン電池セル・保護回路・昇降圧回路・外装の4つでできている。このうち価格を決めるのはセルだ。品質の高いセル(いわゆるA品セル)を1本仕入れるコストだけでも、980円の小売価格ではまかなえない。

では、あんな値段でどうやって作られているのか。海外の格安品で繰り返し報告されてきた実態は、おおむね次の3パターンだ。

  • 選別落ちセル(B品・リサイクルセル)の使用 —— 製品検査で規格外とされたセルが、廃棄されるはずのところから流出し、格安品に組み込まれる
  • 保護回路の省略 —— 過充電・過放電・短絡からセルを守る回路を削り、「充電はできる」状態だけ作る
  • 容量のごまかし —— 実際は3,000mAhしかないのに「20,000mAh」と印刷する。極端な例では空き缶や砂を詰めた偽製品すら摘発されている

リチウムイオン電池は、正しく管理されれば安全な技術だ。あなたのスマホが毎晩枕元で充電されても燃えないのは、有名メーカーのセルと保護回路が異常時に電流を切る設計になっているからである。その設計をコスト優先で削り抜いた製品が、980円のバッテリーだ。削られた部品は目に見えない。見えるのは、炎が出た瞬間である。

【最新データ】5年間で2,140件——リチウムイオン電池製品の事故報告

数字で見てみたい。製品事故の調査を国から委託されているNITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)は2026年7月15日、リチウムイオン電池搭載製品の事故注意喚起を発表した。それによると、2021年から2025年の5年間で、リチウムイオン電池搭載製品に関する事故報告は2,140件に上る(消費生活用製品安全法の重大事故と、事故情報収集制度による非重大事故の合計。調査中や電池起因と推定されるものを含む)。

そして重要なのは品目別の内訳だ。事故報告数が最も多い品目はモバイルバッテリーである。スマホでもノートPCでもなく、モバイルバッテリーが最多なのだ。さらに事故の発生時期は気温の上昇とともに増え、8月にピークを迎える。夏の車内放置・直射日光の当たる窓際での充電は、データが裏付ける典型的な事故パターンだ。

同じ発表で、経済産業省・環境省などは事故防止の「3つのC」を呼びかけている。

  1. Cool Choice(賢く選ぶ) —— 販売者の連絡先・商品情報・リコール情報を確認し、認証マークや表示が正しいか確認してから買う
  2. Careful use(丁寧に使う) —— 高温の場所での使用・保管を避け、強い衝撃や圧力を与えず、異常を感じたら使用を中止する
  3. Correct disposal(正しく捨てる) —— リチウムイオン電池の有無を確認し、メーカー回収や自治体の定める回収ルートに出す

この最初の「Cool Choice=賢く選ぶ」を制度化したものこそ、次に説明するPSEマークである。

そもそもPSEマークとは何か——「電気用品安全法」の仕組み

PSEマークは、電気用品安全法(電安法)という法律に基づく「検査に合格した証」だ。電安法は、電気用品による火災・感電などの危険から消費者を守るため、製造・輸入する事業者に国が定める技術基準への適合と、特定事項の表示を義務付けている。

長年、モバイルバッテリーは法規制の外にあった。だが Li-ion電池の発火事故が社会的に無視できなくなり、2019年2月1日からモバイルバッテリー(リチウムイオン電池使用の携帯用蓄電池)は電安法の規制対象になった。これ以降、日本でモバイルバッテリーを販売するには次が義務である。

  • 国の技術基準(JIS C 62133 ―― 国際規格 IEC 62133 とほぼ同等)への適合確認
  • 適合した事業者による届出と、菱形のPSEマーク表示
  • 本体・パッケージへの事業者名(届出事業者名)・住所・定格(電圧・容量など)の表示

なお「菱形(ダイヤモンド形)」なのには意味がある。電安法は電気用品を2種類に分けていて、リスクが高い「特定電気用品」は丸形PSE、それ以外は菱形PSEだ。モバイルバッテリーは特定電気用品ではないので菱形が正解であり、モバイルバッテリー本体に丸PSEが印刷されていたら、むしろ偽物を疑える。

そして規制には歯がある。表示のない電気用品の販売には、1年以下の懲役または100万円以下の罰金(法人には1億円以下の罰金)という罰則が科される。つまり「PSEマークのないモバイルバッテリー」は、届出も検査もしていない事業者が、罰則リスクを承知で売っている違法品というのが正確な理解だ。

検査は何をしているのか——「合格できない商品」の中身

「検査って形だけじゃないの?」と思う人もいるだろう。実際の中身を見ると、PSEの技術基準はかなり物理的だ。国際規格IEC 62133(日本ではJIS C 62133として採用)の試験には、たとえばこんな項目がある。

試験内容不合格品に起きること
外部短絡端子を直接つないだ状態にする大電流が流れ続け、発煙・発火
過充電規定を超えて充電し続けるセルが膨張し、最悪は破裂・発火
押し潰し・落下加重や落下の衝撃を与える内部ショートして急激な発熱
高温放置高温環境に置く電解液の劣化・熱暴走のきっかけ

要するにPSE検査とは、「消費者がうっかりやらかしそうなこと」を全部試して、燃えないことを確認する作業だ。これに合格していない商品は、うっかり(枕元で一晩充電、車内に置き忘れ、カバーの下で充電)の一回で事故に至る。違法な激安品の事故が「使い方が悪い」のではなく「試験を通っていないから」なのは、この構造による。

偽PSEマークが実在する——印刷すれば済むから

ここが一番たちの悪い部分だ。PSEマークは形状を印刷すれば偽造できる。実際、経済産業省やNITEは、偽造されたPSEマークを付けた電気用品の流通を繰り返し注意喚起している。マークの形だけ見て「セーフ」と判断するのは危険だ。

偽マークを見抜くために、実際に確認できる手順を示す。

手順1: 届出事業者名を確認する

商品ページやパッケージに記載された「届出事業者名」を頼りに、経済産業省の電気用品届出情報の検索ページで検索する。実在しない事業者名なら、マークが本物であるはずがない。

手順2: 定格表記の整合性を見る

電安法では定格(公称電圧・容量など)の表示が義務だ。ここが「20,000mAh」のような大風呂敷だけしか書かれず、定格電圧(V)や定格出力(W)が欠けている商品は、表示義務を守っていない=違法販売の可能性が高い。

手順3: 型番で検索する

本来、一つの型番は一つの届出に紐づく。型番すらない、あるいは型番で何も検索できない商品は危険信号だ。

購入前に30秒——怪しいモバイルバッテリーを見抜く7項目チェックリスト

ここまでの知識を、実際の買い物で使える形に落とし込んだのが次のリストだ。商品ページを開いたら、この7つを順に確認してほしい。1つでも×がついたら買わない。これがアカホン式の「購入前検査」だ。

  • 【PSE】菱形PSEマークと届出事業者名・住所・定格が商品画像で確認できるマーク無しが違法
  • 【重さ】容量に対して重さが妥当か10,000mAhクラスで概ね200g前後、20,000mAhで概ね350g以上が目安。大容量をうたいながら異常に軽ければ容量偽装の疑い
  • 【価格】有名メーカー品の半額以下で大容量をうたっていないかセル原価を割り続ける価格設定はB品セルのサイン
  • 【レビュー】高評価の文言がコピペっぽい・写真がボケている/長期使用者がいないサクラレビューは「類似文言の短期集中」で見抜ける
  • 【販売元】ショップの会社情報(住所・電話番号)が実在するか連絡先なし=違法販売の温床
  • 【表記】定格電圧・出力(W)・対応規格の表記が揃っているかmAhだけ主張する商品は電安法の表示義務を守っていない
  • 【経歴】その型番で発火・リコール報告が出ていないかNITEの事故情報検索(NITE SAFE-Lite)で型番・商品名を検索
ワンポイント
迷ったらこの一行だけ覚えて帰ってほしい。「事業者名と定格が商品ページに書いてないモバイルバッテリーは、書けない事情がある」。書いて良い正規品が書かない理由は存在しない。

安全に買うための3原則——と、飛行機に乗る人のための補足

チェックリストを3原則に圧縮するとこうなる。

  1. 菱形PSEマーク+事業者名+定格表示が確認できる商品を買う(国内の家電量販店・有名メーカーの正規品ならほぼ自動的にクリア)
  2. 中古・フリマ出品品は買わない(外部衝撃の履歴が読めず、保証もない)
  3. 「安すぎる大容量」を買わない(セル原価の物理を、セールは超えられない)

なお、同じリチウムイオン電池を内蔵した携帯扇風機(ハンディファン)も事故が急増しているジャンルだ。NITEの事故データ37件を分析した携帯扇風機の警告記事も併せて参照してほしい。

あわせて飛行機に乗る人への補足。リチウムイオン電池の輸送は航空法でも規制されている。モバイルバッテリーは預け入れ不可・手荷物のみ。容量(Wh)によっては制限が変わり、100Wh超は航空会社の承認が必要、160Wh超は原則持ち込み不可だ。また、国内の主要航空会社では機内でのモバイルバッテリーによる充電を制限する運用が広がっている。搭乗前に航空会社の案内を確認してほしい。

もう買ってしまった人へ——返品・廃棄・リコール確認

手元にPSEなしのバッテリーがある、という人は次の順で対応してほしい。

  1. これ以上充電しない・使わない。怪しいバッテリーへの「もったいない」は事故リスクの再購入である
  2. NITE SAFE-Lite(NITEの事故・リコール情報検索)で型番を検索し、リコール指示が出ていないか確認する
  3. 違法販売品は返品請求できる可能性が高い。販売元に「電安法の表示がない商品」と伝え、返品・返金を求める(消費者ホットライン188も活用)
  4. 廃棄は自治体のルートで。端子に絶縁テープを貼り、リチウムイオン電池回収ボックス(家電量販店等に設置)か自治体の小型家電回収へ。燃えるゴミは絶対にNGだ

万一、充電中に異常発熱・膨張・異臭・煙が出た場合は、無理な消火よりまず避難と119番通報だ。リチウムイオン電池の火災は再燃性が高く、素人の鎮火確認は危険を伴う。

まとめ: 2,140件の事故は「選ばなかった人」には起きていない

NITEの5年間2,140件という事故報告は、リチウムイオン電池そのものが危険なのではなく、「検査を受けていない製品」と「3つのCを守らない使い方」の組み合わせが人の近くで炎を作り続けている、という記録だ。

最後にもう一度、購入前の7項目を置いておく。菱形PSEの有無 / 重さの妥当性 / 価格の異常な安さ / レビューの質 / 販売元の実在 / 定格表記の整合 / リコール履歴。——チェックに30秒。あなたの寝室の安全を、980円より安く買える方法はない。